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ドキュメンタリー作品の感想を書くブログ

第8作目 藤岡利充 監督作品『立候補』

 

選挙の泡沫候補に注目が集まりはじめたのは、いつからだろうか。

外山恒一氏の東京都知事選における伝説的な政見放送が2007年。YouTubeニコニコ動画などで見た人も多いだろう。

 

昨年末に発表された第15回開高健ノンフィクション賞を受賞したのは、マック赤坂をはじめとする泡沫候補たちの選挙活動を追った畠山理仁氏のルポ『黙殺 報じられない「無頼系独立候補」たちの選挙戦』だった。

 

なぜか私たちは、勝てない戦に挑む人たちから目が離せないらしい。

今回取り上げる作品もまた、泡沫候補者たちに迫ったドキュメンタリー作品、『立候補』である。

映画「立候補」 [DVD]

映画「立候補」 [DVD]

 

 

本作の公開は2013年。

2011年の大阪府知事選挙に出馬したマック赤坂らの密着ロケを中心に、外山恒一羽柴秀吉など、もはや伝説(?)となった泡沫候補者たちにもインタビューして「なぜ彼らは立候補するのか?」という疑問に迫ったドキュメンタリーだ。

 

選挙は、被選挙権がある年齢に達すれば誰でも立候補できる。しかし、一定の得票数がなければ供託金を没収されてしまうというルールがある。その金額は、遊び半分で出馬するにはそれなりに高額だ。

 

彼らはリスクを負ってまで、なぜ立候補するのか。

しょせん目立ちたがり屋たちの「金持ちの道楽」なのではないか?

 

そうした疑問を持つ人たちは、ぜひ本作を見て欲しい。

  

泡沫候補」を一括りにするな

 

冒頭、マック赤坂が選挙事務局に対して「マスコミが私のような候補をほとんど取り上げないのは選挙違反ではないか」という趣旨の主張をするシーンがある。

その表情は真剣そのもので、この作品はマスコミに取り上げられない泡沫候補たちの、それでも「勝ちたい」という気持ちに迫った熱いドキュメンタリーになるだろうと身構えた。

 

しかし、その期待はある意味、裏切られた。

 

本作が白眉なのは、マック赤坂のような目立つ泡沫候補だけではなく、2011年大阪府知事選に出馬していた無名の候補者たちにもカメラを向けていることだ。

 

彼らの活動を見ると、本当に当選する気があるのか疑問が湧いてくる。街頭で辻立ちを行っているときに昔の友人と会い、「これだけでも供託金を払った価値がありますよ」と屈託なく笑う候補者。家にこもり、一切選挙活動をしない候補者もいた。

 

なぜ彼らが立候補するのかという疑問は深まるばかりだ。

ただ、彼らには泡沫候補という言葉で括れない多様さがあることを本作は教えてくれる。

泡沫候補というと強烈なキャラクターを思い浮かべがちだが、実は色々な人が、それぞれの思いで無謀な挑戦をしているのだ。

 

もちろん、ほとんど具体的な政策を持たない彼らに政治を任せようなどという気は微塵も起こらない。

 

しかし、彼らの自由な挑戦は

「本来、政治や選挙は誰のものなのか?」

「政党など既存の勢力や組織に属さなければ勝てない選挙などおかしいのではないのか?」

という極めてシンプルな問いに、半ば強引に立ち返らせてくれる。

 

やや好意的に捉えれば、あえて茶番のようにふるまう彼らの選挙活動は、既存のマスゲームと化した選挙戦に対して「一体どちらが茶番なのだ?」という痛烈な皮肉とも取れなくはない。

 

「アンチ・ヒーロー」が迎える大団円

 

本作にはさまざまな泡沫候補者が登場するが、主人公はマック赤坂だ。数々の選挙に立候補しては大差で敗れてきた、日本で最も有名な泡沫候補者だろう。

 

大阪府知事選で、彼は他の泡沫候補者に比べて少なくとも熱心に選挙活動をしている。

では、本作がマック赤坂の選挙活動を逆境にめげずに戦う男の美談として描いているかと言えば、全くそうではない。

カメラの前でマック赤坂は「鬼ころし」を飲みながら無茶苦茶な演説や踊りを披露する。それだけならまだしも、公職選挙法をたてに数々の迷惑行為を働き、警察が来ると「選挙妨害だ!」と喚く。

 

正直に言って、僕はマック赤坂という男が以前より嫌いになった。

「勝ちたい」という気概は感じるものの、ひたすら空回りしている。

 圧倒的な強者(このときは松井一郎候補)を前に、どんな手を使ってでも目立ち、一矢報いようとする男の戦いは、それなりにカタルシスがある。

ただ、それでもやはり僕はマック赤坂に感情移入できなかった。

この作品をどう観たらいいのだろうか…と悩んでいたところ、監督はラストにとんでもないシーンを持ってきた。

 

選挙は、実に多くの人を巻き込む一大プロジェクトである。

マスコミは候補者の人柄などを伝える際に、選挙活動を支える家族にスポットを当てるのが定番だ。ただ、泡沫候補者はまさに「黙殺」されているため、その家族に光があたることはこれまでなかった。

 

しかし本作は、マック赤坂の息子の戸並健太郎氏にもカメラを向けていた。

彼は父親の選挙にほとんど関心が無い。

むしろ、その奇行に悩まされ、選挙活動に反対してきた人物だ。

おぉ、やっと感情移入ができるまともな人間が出てきた…と思った。

 

そんな彼が、2012年に行われた東京都知事選でマック赤坂の応援に駆けつけた。

彼らは、対立候補の応援に駆け付けた安倍首相と国旗を持った支持者たちによる「帰れコール」に囲まれていた。

マック赤坂はこんな状況でも、相変わらずへらへらしている。

 

そんなとき、突然、息子の健太郎氏が「帰れコール」をしていた群衆に必死の形相で食ってかかった。

 

「こっちは1人で戦ってんだよ!」

「てめーらにできんのかよ!」

 

おそらく場所は夜の秋葉原だろう。

スポットライトに照らされる、国旗を持った男たちと立ち向かう健太郎氏の図。天安門事件で戦車に立ちはだかった「無名の反逆者」をほうふつとさせるドラマのようなワンシーンに、思わず目頭が熱くなった。

その様子を「はっはっ」とから笑いしながら、それでも嬉しそうに見守る父親。

誰からも理解されないアンチ・ヒーローのマック赤坂だったが、自分を忌み嫌っていたはずの息子が最後、道化を演じ決して本音を口にしない父親の思いを代弁しながら敵陣に突っ込んでいく。

 

ドキュメンタリーのラストにしてはあまりに出来すぎなくらいの、屈指の名シーンだ。そしてこの作品のメッセージを端的に表現している。

 

本作は泡沫候補者たちの選挙活動をありのままに描く。その抑制が非常に優れている。どれだけマック赤坂が破天荒でも、「僕たちはマック赤坂を笑えるのだろうか?」と思わず考えさせられる強度がある。それが本作の持つテーマを広く深くさせている。

 

 「てめーらにできんのかよ!」という言葉は、僕たちひとりひとりに鋭く突きつけられている。